新しき年に思うこと



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新しき年に思うこと
<絵と文>    松尾 敏男
   
 

  私は「日本画」を業としている。私の中に流れている血はどんな本質であるなかを究めたい。日本の美意識や感性は何なのかを探究したい。それが我が国に古来より伝わる独特の材料を使う、所謂「日本画」と現在呼ばれている絵画を描き続けて来た理由であろう。

  私は日本人であることを誇りとし、日本を大事な祖国であると確信しているが故に、この国を誇れる国、恐れられるのではなく尊敬される国になることを熱望している。多くの国はその長い歴史の中で「負の遺産」というべき陰を持っているし、吾々の国も過去に於いて、消しさりたいと思う時代を経験していることも事実であろう。でもそれを消してはいけないし、その事実を正確に認識することによってこそ、二度とその様な時代を作らない未来への希望を持つことが出来るのだと思う。時には人が誤りをおかす様に国も誤ることがあるだろう。そこから吾々が学びとるものがなければ、その時代を過ごした吾々の親兄弟姉妹の痛みを無駄にしてしまうことになる。

  私が小学校の頃、クラスに李君という朝鮮籍の生徒がいた。皆からいじめられ、仲間はずれにされて李君はいつも教室で皆の仲間に入ることなくポツンとしていた。私は可哀想と思ってもその友達の為に何一つしてあげられなかった。かばったりすると皆のいじめが私の方にむけられることが分かっていたからだ。ある放課後、いつもの様に友人と二人遊んでいる時、私は李君を誘うことを提案し彼の家をたずねた。入口をあげると土間があって部屋が一つ見える長屋だった。李君は最初驚いた様だったが直ぐ笑顔になって外へ出た。半日、タ暮れまで三人で遊んだ。李君は見違える様によく笑い活発に動き廻った。彼の家に送っていくと、その母親が「今日は有難う」と言って半紙に包んだ駄菓子をくれた。今思えば貧しい生計の中無理して買った菓子だったろう。子供心にもそれが貴重な菓子であることは感じていた。翌日、教室で顔が合った時、李君はニコリと笑った。しかしそれからも同じ様に私は皆の前で李君に声をかけることが出来なかった。

  これは私にとって「負の遺産」なのだ。今でも彼の心の痛みを思い出す。しかし私はその思い出は私にとって貴重な財産なのだから。

  (まつお・としお 日本中国文化交流協会代表理事、日本画家)

   
 

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